「いなくなっても誰も困らないから、せめて消える時はひっそり消えたい」身元不明の自殺「縁切り死」 

 

「縁切り死」という言葉、あまり一般的になってほしくないものです。

 

身元不明の自殺「縁切り死」、クロ現の特集に反響 「いなくなっても誰も困らないから、せめて消える時はひっそり消えたい」 | キャリコネニュースnews.careerconnection.jp

 

 

記事本文より引用します

最近特に増えているのが、身元につながるものを一切持たずに自殺する人たちだ。今年2月には、住宅街を流れる川で自殺とみられる中年女性の遺体が見つかったが、所持品はハンカチだけ。都内のある団地では、高齢の女性が飛び降り自殺。遺書はなくどこの誰とも分からなかった。

北関東で行方不明届が出されていた70歳の女性は、いなくなったその日に都内で電車に飛び込んだ。30年連れ添った男性と買い物にでかけた際、「トイレに行く」と財布を預けてそのまま戻らなかった。亡くなる1週間前には紅葉を見にドライブに出かけ、変わった様子はなかったという。

自宅には、「さがさなくていい お金がかかるから」という書き出しのメモが残されていた。

 

縁切り死というのはこの北関東の70歳の女性のように、誰かと縁があるにもかかわらず、強引にその縁をきって自殺するということでしょうか。

 

孤独死とはまた違うようですね。孤独死だともともとその縁もないわけですからね。

 

身元につながるモノをまったくもたずに死ぬといっても、わからなければどこの誰か特定しようと警察も探すわけですし、死体を放置するわけにはいかないので誰かが片付けるわけです。まあ、そもそも自殺しようとする人はいちいちそんなことは考えないでしょうか。

 

あと縁をきって誰にも迷惑かけたくないと言って死ぬのはともかく、電車に飛び込むのはいかがなものかと。飛び降り自殺もしかりですね。他に方法があるのではないかと。私は小学校6年生の時、登校中に踏切で飛び込み自殺を目撃したことがあります。中年のおっさんでしたが、こういうのは本当にやめて欲しいですね。目撃しただけでもトラウマになってしまいます。いい迷惑です。

 

まあ死ぬならそれこそ捜索もできない青木ヶ原の奥地やどこかの洞窟の奥にでも入って首でも吊ってもらったほうが、まだいいのかもしれません。でも本当に誰にも迷惑かけずに死ぬということは虫や動物では無いのですから基本的に無理じゃないですかね。

 

「縁切り死」をとりあげたクローズアップ現代に多くの共感の声が寄せられたとか。なにに共感するのか、申し訳ないですがよくわかりません。残された者の苦しみから考えるとまだ孤独死の方がマシではないかと思います。

 

記事はこのようにまとめられています。

 

人がひとり姿を消すということは、誰にも手間や迷惑をかけずに済むわけではない。警視庁の身元不明捜索チームは、損傷の激しい遺体の写真から細密な似顔絵を作成している。長い時間をかけて全国の行方不明者と照合し、似ている人を探し出すと、確認のため遠く九州までも出向いていた。

仕事とはいえ地道で気が遠くなる作業だ。しかも、帰りを待っていた遺族に非常に残念な知らせをしなくてはいけない。自分が考える以上に、自分の存在はこの世にとって大切なものだと気づいてほしい。

 

「 自分が考える以上に、自分の存在はこの世にとって大切なものだと気づいてほしい。」

この一言に尽きます。

 

 

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